歴代の天皇や各国の要人に献上されてきた窯元です。馬や獅子など数々の細やかな細工が施された品々が手掛けられています。JR唐津駅前には重さ2.1トン、工程日数約1年を経て完成したこの赤獅子が飾られていて、唐津の顔として多くの人々に親しまれています。工房の見学はできませんが、多くの作品が並べられ販売している陳列所があります。
14代まで伝えられている秘法である赤絵の調合・技術を使い作り出される色絵磁器。江戸期より350年の「色鍋島」の伝統と高い品格を今に伝えている窯元です。国の重要無形文化財保持団体の認定を受け、人々の日々の暮らしを豊かにするための陶器作りを行っているそうです。GWの有田陶器市には今右衛門古陶磁美術館にて展示や特別企画品が並びますので、ぜひ訪れてすばらしい陶器を眺めてみてはいかがでしょうか。
大分県にある歩道大吊橋。一般公募によってつけられたその名前の通り、地元民の夢を運ぶランドマークとして存在感を放っています。大きさはピラミッドよりも巨大で橋げた部分までで173m。日本の滝100選にも選ばれた「震動の滝・雄滝」「雌滝」という雄大な景色を眺めながら歩くことができ、スリルと景観を楽しむことができる吊り橋です。多目的トイレが橋の両端にあるので、小さな子ども連れでも安心。こちらはチケットがなくても利用できます。ドライブがてら、家族でお出かけされてはいかがでしょうか。
桜の名所・紅葉スポットとしても人気の史跡です。春には、ソメイヨシノを中心に約1500本の桜が咲き揃います。城跡は高台にあり、自然豊かな場所なので、子ども連れで景色を楽しみながらのハイキングにも最適。城の本丸跡を囲む石垣下には広場が整備されています。ハイキングでいっぱい歩いた後に、一息ついて、持ってきたお弁当でランチタイムなんていかがでしょうか。
慧洲園は四季折々の風情を感じながら散策を楽しめる、ダイナミックな石組みから流れる瀑布と茶畑と美しい借景が調和した池泉回遊式日本庭園です。「昭和の小堀遠州」と称された中根金作氏によって造られました。春はつつじが色鮮やかに、夏は緑と水辺が心地よく、秋は燃えるような紅葉が美しく、冬は葉が落ち雪に覆われ、どこか悲しげな印象に。季節ごとに景色を楽しみたい庭園です。休憩には数寄屋造りの和風喫茶「御休み処 みふね茶屋」がおすすめ。
大浦天主堂は西坂の丘で殉教した26聖人に捧げるため、フランス人プチジャン神父によって建てられた教会。正式には「日本二十六聖人殉教聖堂」といわれ、日本最古の木造ゴシック様式の教会です。昭和8年に国宝となりましたが原爆で被害を受け、昭和28年に日本最古の教会堂として国宝に再び指定されました。大浦天主堂には約100年前のステンドグラスやキリシタン資料室、旧羅典神学校などがあり、歴史を感じることができます。長崎に来た際にはぜひ足を運んでみてください。
眼鏡橋は浜の町から少し歩いたところにある、日本最古のアーチ型石橋です。寛永11年、興福寺の黙子如定禅師によって架設され、昭和57年の長崎大水害で一部崩壊しましたが翌年復元され、国の重要文化財に指定されました。川面に映った眼鏡橋が「メガネ」に見えることが名前の由来とされています。「日本橋」、「錦帯橋」とともに日本三名橋に数えられています。眼鏡橋が架かっている中島川周辺にはハトやコイが生息し、お散歩するのにおすすめ。歩行者しか通れない橋はおすすめのスポットです。
浦上天主堂の名称で知られるカトリック浦上教会は、カトリックの教会とその聖堂で、長崎の観光スポットの一つ。昭和37年以降はカトリック長崎大司教区の司教座聖堂となっていて、建物・信徒数ともに日本最大規模のカトリック教会です。信徒会館の2階には原爆資料室があり、原爆資料館にはない貴重な被爆資料が多数展示してあります。原爆の投下により、当時の浦上の信徒数は一瞬で9000人から2000人になりました。投下したのがキリスト教の国というのがとても複雑です。この出来事を風化させない、伝え続けていくためにもぜひ足を運んでほしい場所です。
沢山ある教会の中でも、平戸を代表する教会のひとつ。平戸の市街からもよく見える丘の上の教会です。外観がとても綺麗な緑色をしているのも珍しい上に、教会の中のステンドグラスも絶対に見逃したくない美しさです。観光名所になっていますが本来は宗教施設なのでマナーはきちんと守りたいものです。施設内ではカメラ撮影、飲食、喫煙は禁止です。日曜日は10:00までミサがあるので中まで見学する場合はそれ以降の時間がおすすめです。休憩所、売店が教会の外にあります。
五島市を代表する、海辺に建つ白亜の美しい教会。聖堂は明治13年(1880年)に信徒が協力して建設し、その後老朽化のため、昭和13年(1938年)に建て直されたもので、ロマネスク・ゴシック・和風の建築様式を取り入れています。外観も内観も真っ白で解放感があり、ステンドグラスから差し込む光が彩り豊か。長崎の教会は、脱帽の上、私語、写真撮影は禁止ですので、見学の際にはご注意ください。
真っ直ぐ続く石畳、両側に立つのは時代を想わせる石垣。そんな江戸時代にタイムスリップしたような気分になれる場所、福江武家屋敷通り。五島藩の中級武士たちが住んでいたというこの通りは、現在も多くの方が軒を連ねてみえます。現代の住宅の内側には、そんな武家屋敷の名残の石垣が。この石垣、上の方は小石が積まれているだけの塀なのです。理由は敵が侵入してきたときにわかりやすいようにだとか。武士たちがどのように生活していたのか、子どもさんと想像を膨らませながら散策するのも楽しいかもしれません。
「中世の頃、阿蘇家が行った下野の巻狩りで武士の乗った馬や犬に追われた数匹の鹿が滝の上流の川に落ちて滝まで流れた」ことが名前の由来とされる数鹿流ケ滝。日本の滝100選の一つです。落差約60メートルを勢いよく落ちていく様子はダイナミック。国道沿いに駐車場があり、そこから徒歩数分で展望所へ行くことができるので子ども連れでも行きやすいです。流水の浸食などから数万年の時の流れを感じてみてはいかかですか。
夏目漱石内坪井旧居は、明治29年に第五高等学校の教師として来た夏目漱石が、熊本で最も長い1年8ヶ月を暮らした家。鏡子夫人が「熊本で住んだ家の中で一番良かった」と語ったそうです。長女筆子さんの産湯を使った井戸や、漱石の教え子で後に物理学者で随筆家となった寺田寅彦が泊まった馬丁小屋などが現在も残っています。館内には漱石直筆の貴重な原稿やレプリカ原稿、五高時代の写真などが展示されているほか、漱石や猫のからくり人形も見ることができますよ。
昭和41年に完成した九州本土と天草諸島を結ぶ橋。三角から大矢野島・永浦島・大池島・前島を経て天草上島まで5つの橋で結んでいます。松島地区から出ている天草五橋クルージングで船からの眺めを楽しむことも可能。橋の近くにはレストランもあって天草の海の幸が堪能できます。天草は真珠の養殖が盛んで、橋で結ばれた島を真珠のネックレスに見立て、別名パールラインとも呼ばれています。
熊本県天草市天草町の小高い丘の上にあるロマネスク建築の教会。昭和8年フランス人宣教師ガルニエル神父が地元住民と協力して建てました。ガルニエル神父は。世界的にも有名な天草のキリシタン弾圧から布教を行った人です。マリア像やステンドグラスが印象的な内部の撮影は不可。ここにあるステンドグラスは日本でも数点しかないとても貴重なものだそう。駐車場から坂道を登りますので小さな子ども連れやお年寄りの方は注意が必要です。